猿橋勝子(さるはしかつこ)といえば、地球科学者ですね。
アメリカの放射能汚染の発表と競い合い、そして認められ称賛された凄い人であり、女性の活動家としてのパイオニアでもあります。
今回、猿橋勝子さんのかんたんな経歴、偉業について、紹介していきますよ。
猿橋勝子、プロフィール
猿橋勝子(さるはしかつこ)
生誕:1920年3月22日
死没:2007年9月29日
享年:87歳地球科学者
かんたんな経歴、何した人どんな人?
猿橋勝子(さるはしかつこ)さんは、東京で生まれました。
父は電気技師、あと母と兄の4人家族でした。
幼いころの猿橋さんは、引っ込み思案でした。
人前に出るのが苦手で泣き虫、いつもみんなの後ろでおとなしくしていました。
高校に入る辺りから、性格も明るくなっていきました。
引っ込み思案だったかと思えば、実は運動神経がめちゃめちゃ良かったのです。
スポーツで活躍し、明るい女子高生になっていました。
彼女は「医者になりたい」と強く願っていました。
しかし、当時の日本では「女は早く嫁に行って幸せになるのがふつう」と思われていて、彼女の医者志望は、ほとんど認めてはくれませんでした。
もちろん両親も反対し、そのせいで高校卒業後は医者の学校に進学することもできませんでした。
仕方がなく、猿橋さんは生命保険会社で働きはじめます。
しかし、彼女は医者になる夢を諦めることができませんでした。
両親を説得し、いくつか面接を受けて、「帝国女子理学専門学校(現在の東邦大学)」に入学することになりました。
猿橋さんは、めちゃくちゃ努力し勉強しました。
「女は嫁にいくのが普通」と言われていた時代に、生涯独身で勉強しまくったのです。
その後、中央気象台に就職するのですが、これも非難されました。
当時は「戦争で大変なのに関係のない中央気象台に就職なんて非国民だ!」などと言われてしまったのです。
しかし猿橋さんはまったくヘコタレませんでした。、
「軍国主義の教育は長く続かない。」と信じていたのです。
27歳ころ、戦争は終わります。
彼女は新しくできた研究所で活躍し、偉業を成し遂げていくのです。
40歳ころでした。彼女を有名にした研究があります。
それは、大気や放射能汚染の調査研究でした。
その測定でアメリカと競い合いになります。
猿橋さんは「アメリカの水爆実験が放射能汚染を進めている」といい、
アメリカは「そんなことはない。汚染物資は海水で薄まっていく。」と競い合いました。
猿橋は1人でアメリカに渡り、主張しました。
当時、1人でアメリカに行くなど、けっこう凄まじいことでした。
そして現地で実験をしてみせて、猿橋さんの意見を通したのです。それはもう圧勝でした。
それをみたアメリカ側は、猿橋さんを高く評価し称賛しました。
これをきっかけに、猿橋さんは地球科学者としてさらに努めていくことになりました。
87歳、間質性肺炎のため、都内の病院で亡くなりました。
偉業は?
猿橋さんの偉業といえば、地球科学者であったことそのものでしょう。
中でも有名なのが、上の経歴でもあるとおり、「放射能汚染の研究でのアメリカとの競い合い」でしょう
。
もうちょっとだけ詳しくしてみましょう。
アメリカでは水爆実験が盛んでした。
すると、海水が放射能汚染されてしまいます。
スクリップス海洋研究所(カリフォルニア大学サンディエゴ校)は、南カリフォルニアの海水中のセシウム137の濃度を、ネイチャー誌に発表しました。
そこで猿橋さんら日本チームは、「いやいやアメリカが発表した数値よりも、実は10~50倍も高い数値で汚染されているよ。」と言い出しました。
日本チームは、測定値の差を海流の解析によって説明してみました。
するとアメリカは「放射線は海水で薄まっていくから問題ないんだよ。」と言いました。
そこで日本チームは、アメリカに日米の相互検定を申し込みました。
そして、猿橋さんは1人でアメリカに渡りました。
で、スクリップス海洋研究所で、「微量放射性物質に対する分析測定法の精度」を競うことになりました。
結果は、猿橋さんの圧勝でした。
アメリカ側は、猿橋さんの測定分析を認め、称賛しました。
そしてこの結果は、共著として発表されました。
といったものです。
地球科学者って肩書ちょっとかっこいいですよね。
さらに、
・東京大学から女性初の博士号取得(化学分野で炭酸分析研究)
・「女性科学者に明るい未来をの会」を創立
・「猿橋賞」を設立 (猿橋賞から女性物理学会会長、地震学会会長も誕生)
・エイポン女性大賞受賞し、アメリカ出版の「20世紀・女性科学者たち」の10名に選出された。
などなど、女性活動家としてのパイオニアでもあるのです。
まとめ
ということで、
猿橋勝子ってどんな人?3分で知る偉人!でした。
・「放射能汚染の研究でのアメリカとの競い合い」でアメリカに認められ称賛された
・アメリカ出版の「20世紀・女性科学者たち」の10名に選出された
・女性活動家としてのパイオニアでもあった
最後まで読んでいただきありがとうございます^^