初は、浅井長政とお市の方の娘、「浅井三姉妹の」次女ですね。
初、茶々や江という姉妹の陰に隠れてしまいがちですが、彼女はどういう人物だったのでしょう。
「浅井三姉妹」では、だれが一番の美人だったのか、初の性格エピソードもご紹介していきますよ。
初(常高院)、プロフィール
本名:浅井初
誕生:1570年
死没:1633年9月30日
享年:63歳
時代:室町時代(戦国時代)-安土桃山時代-江戸時代初期
初ってどんな人物?
浅井三姉妹の次女の初。
どんな人物だったのでしょうか。
ここでは、彼女の人生やエピソードをまとめたものをみていきましょう。
1,波乱万丈の人生?
まず初の経歴を、サラッとカンタンに紹介しましょう。
初も子供の時から、周りの大人達に振り回され、まさに波乱万丈といえる人生を送ってきました。
母・お市の方(信長の妹)は、同盟のために浅井家にお嫁にいきます。
初たちはそこで生まれますから、もっぱら浅井家です。
しかし、後に織田と浅井が決裂。「小谷城の戦い」になります。
そこで浅井長政が敗走、自害に追い込まれ、初たち三姉妹は、織田家に保護されます。
織田家に保護された初たち三姉妹は、信長の姪っ子というだけあって、かなりの好待遇だったようです。
おじ様である信長も、姪っ子たちに、とにかく美味しいものや綺麗なものを与え、お市の方や三姉妹を甘やかしたといいます。
で、信長が「本能寺の変」で死んだ後、柴田勝家と母・お市の方の再婚が決まります。
しかし、秀吉が柴田勝家を攻め、勝家を自害に追い込みます。
勝家は、お市の方や三姉妹たちを逃がそうとしますが、お市の方は勝家と共に自決します。
初たち三姉妹は秀吉に身柄を預かられ、面倒を見てもらいます。
初は、浅井家の親戚にあたる、京極家の当主と結婚させてもらいました。京極家は浅井家よりも格が上でした。
その後、旦那と死別すると、髪を剃り出家して尼僧になります。尼僧での名は「常高院」といいます。
この頃から、豊臣と徳川の仲の悪さが目立つようになり、仲介のため奔走し貢献します。
豊臣が滅亡した後も、家康に「豊臣秀頼の娘を助けてくれ」と嘆願したり、たくましい女性だったのです。
2,姉妹では、一番美人だった?
「浅井三姉妹」は美人揃いということで語られますが、だれが一番の美人だったのでしょうか。
あらゆる史料を読んだ上での考察では、長女の茶々が一番美人だったのではと言われています。
まあ、写真がないので、はっきりはわからないのですが。(・∀・)
なんでも茶々は、「戦国一の美女」とも言われたお母さん・お市の方に一番似ていたとのことですからね。
身長も茶々が一番高くて、凛としていたのではないでしょうか。
あとは、「三女の江はそこまで美人じゃなかった」説が通説となっていますが、真偽は不明です。
ただ、この姉妹は家柄が凄いですね。信長の姪だし、なんといっても浅井の娘ですし。
気品なども備わっていたでしょうから、初も江も、そこらへんの娘よりは美人だったと思われます。
3,子供がいなかった?
京極家の当主と結婚した初ですが、夫との間に子供はできませんでした。
しかし、初はあちこちから養子や養女をとって、結婚させています。
できる嫁ですね。(・∀・)
4,尼になったって?
夫が死ぬと、尼になって「常高院」と名乗るようになります。
そうは言っても、引っ込んでいる余裕はなかったのです。
何故かというと秀頼(秀吉の跡取り)と家康、江(初の妹)のおしゅうとさんの間柄が素晴らしく悪くなったのです。
これらの仲介に走り回るはめになったのです。
その後は、妹の江とはよく会っていたようです。江も初を残して、先に亡くなります。
そして初自身も64歳でなくなります。当時の人としては長生きした方ですね。
5,キリスト教に改宗した?
初は後にキリスト教に改宗しています。
あまり知られていないことですが。思い切った決断ですね。
同じ時代の女性ですと、細川ガラシャがキリシタンで有名ですね。
細川ガラシャも戦国随一の美女として有名です。こちらの記事でわかり易く紹介しています。
>>>細川ガラシャを5分で!容姿の絵や子孫、辞世の句の意味は?
秀吉、徳川の禁教令の時代に、キリスト教と関わるのは、ハンパなの覚悟ではありません。
6,めっちゃ嫉妬深かった?
初は本当に嫉妬深かった人です。
侍女が、夫の子を身ごもって産んだと知った彼女は子供を殺そうとします。
何とか夫が逃がしたようですが。
初が落ち着くまで、家臣が子供を連れて逃げていました。
ちなみに、妹の江も嫉妬深かったといわれます。
7,とても優しかった
嫉妬深くプライドが高い印象ですが、多くの子供を育てました。実の子供ではなく、養子、養女です。
自分が嫉妬して殺そうとした側室の子、忠高も育てていました。
彼女が亡くなったのも忠高の江戸の屋敷です。
また、豊臣秀頼が死んだ時、その側室の娘を助けるように家康に嘆願しています。
妹の江の娘・千姫の意向があってのことです。
江と初は仲が良かったので姪である千姫も大事にしていたようです。
心優しい人でもあったのです。
まとめ
初は三姉妹の中で一番地味な働きに見えますが、ある意味力が強かったのが初です。
織田、豊臣、徳川と複雑な権力の構図の中でバランスをとった女性だといえます。
三姉妹の旦那はどれもいろいろ脆いところが有ったので、自ずと強くなったのでしょうか。
ということで、初をカンタンに語るには、
・波乱万丈の人生、たくましい女性だった
・やっぱり美人だった
・めっちゃ嫉妬深くも優しい人だった
・キリシタンだった
最後まで読んでいただきありがとうございます^^