江戸時代

5分で江川英龍について!パンを初めて焼いた人だって?

江川英龍(えがわひでたつ)といえば、学校の日本史ではなかなか耳にしない名前ですね。

日本ではじめてパンを焼いた人としても有名なんですよ。

今回、江川英龍のかんたんな経歴パンを初めて焼いた人だって?について紹介していきます。

 

江川英龍、プロフィール

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江川英龍(えがわひでたつ)
通称・江川太郎左衛門(えがわたろうざえもん)
その他に江川大明神(えがわだいみょうじん)

出身地 伊豆国韮山(現在の静岡県伊豆の国市)
生誕 1801年6月23日
死没 1855年3月4日
享年 53才
墓所 大成山本立寺(静岡県伊豆の国市)
時代 江戸時代後期

 

かんたんな経歴、何した人?どんな人?

川英龍は、江戸後期の幕臣で、軍事の近代化に尽くしました。

大砲,鉄砲の製造、農兵組織(武士以外の兵隊組織)などの基礎を作った人物です。

 

韮山代官時代には公正な政治を行い、二宮尊徳(二宮金次郎の名で有名)を招いて農業政策を進展させます。

天然痘の予防接種が伝わると、民衆に接種を勧めるなど、民衆想いの代官でした。

このため、民衆から尊敬の念を込めて『江川大明神』と崇められました。

 

学問,書,詩,絵を当時の最高者から学び、剣術は神道無念流(しんとうむねんりゅう)免許皆伝。

射撃でも、「高島流砲術」を高島秋帆に学び、これを改良した西洋砲術を広め、弟子に佐久間象山(さくましょうざん)、桂小五郎(かつらこごろう)などがいました。

まさに文武両道の極みだったのですね。

 

江川英龍が行った農兵政策により、武蔵国多摩地区の剣術流派である天然理心流(てんねんりしんりゅう)を学ぶものが増え、これを学んだ土方歳三らによって新撰組結成に繋がりました。

13代将軍・徳川家定(とくがわいえさだ)の前で、ペリーが献上した蒸気機関車を初めて運転したのも江川英龍と言われています。

 

実は、反射炉(鉄鉱石を高温で溶かして鉄を造る施設)の建設も、彼がつくりました。(完成は英龍の死後)

江川英龍は日本史の表舞台では無名でも、江戸後期から幕末の日本に大きな影響を与えた人物なんですね。

 




パンを初めて焼いた人だってほんと?

川英龍は、日本で初めてパンを焼いた人だということで有名です。

英龍は、兵糧(軍隊の食事)として、パンの良さに気づきました。

1842年4月12日、韮山の自宅で、パン焼きかまどを作成してパンの製造を開始しました。

この事実から、江川英龍は日本のパン業界から『パン祖』と呼ばれています。

 

ところで、初めてラーメンを食べた人は、あの「水戸黄門」こと徳川光圀だったり。

初めて肉じゃがをつくらせたのが、最強の海軍大将・東郷平八郎だったり。

偉人たちが「食」にも貢献しているのは興味深いですね。

 

まとめ

ということで、
5分で江川英龍について!何した人?どんな人?パンを初めて焼いた人だって?でした。

 

江川英龍について、かんたんにまとめると、

・江戸後期の幕臣

・文武両道で庶民から人気の高かった名代官だった。

・彼が学び、作り出したことが、幕末から明治維新に時代を動かした若者たちを産み出した。

・日本で最初に蒸気機関車を動かし、パンを焼くなど、時代の最先端を走る人だった。

 

またこちらの記事では、江川英龍について深く解説しています。

https://r-ijin.com/egawa-hidetatu2/

 

最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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