バルトロメ・エステバン・ムリーリョってどんな人?有名な作品は?

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バルトロメ・エステバン・ムリーリョといえば、有名なスペインの画家ですね。

有名人なのに細かい記録がないため、どんな人生だったのかわからない部分が多い人物です。

今回、彼のかんたんな経歴どんな偉業がある?、有名な作品は?について、紹介していきますよ。

 

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ、プロフィール

バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョ
(Bartolome Esteban Perez Murillo)
出身地:スペイン
生誕:1617年12月31日
死没:1682年4月3日
享年:64歳

画家

 

かんたんな経歴、何した人どんな人?

リーリョは、スペイン南部のセビリアで生まれました。

14人兄弟の末っ子でしたが、彼が幼いころに両親がつづいて倒れ亡くなっています。

まだ小さい彼は、姉夫婦に育てられたとされています。

親戚に画家がいて、その人のもとで美術をまなびました。

 

6歳で、マドリードに移り住みます。

いろいろな作品に触れ、彼の作風におおきな影響を与えました。

 

27歳にはまたセビリアに戻りました。

このころに結婚し、最終的には11人の子どもに恵まれました。

 

28歳で初めて大きな仕事の注文がきました。

「フランシスコ会修道院の装飾事業」という大きな仕事です。

彼はこれを成功させ、それから名声を手に入れていくことになります。

 

彼は、自分の技法を広めるべく、生徒をもち絵画を教えることにも力を尽くしました。

のちには信者が多く誕生し、スペインだけでなくヨーロッパ全体での名声を確実なものとしました。

 

4歳でこの世を去りました。

死因は通説によると、仕事で絵画を製作中に足場から転落したことになっています。

が、最近の研究では「そんな時期にそんな仕事はしていない」と、かなり反論もあるようです。

 

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どんな偉業?有名な作品は?

は、ムリーリョの偉業といえば、なんなのでしょうか。

それは、彼の作風が世界の美術(絵画)に影響を与え残したことです。

「スティロ・バポローソのいわれる夢幻的な作風は、晩年の作品によく現れている。」

「特に夢見る乙女という作品は、次世代に導いた」

ということらしいです。

 

はっきりいって私は、絵画のことはあまり詳しくありません。

だからムリーリョの作風について語れないのですが、その世界の人たちが言うには作風が確立させ、絵画の世界に進展させた、ということのようです。

 

名な作品をみてみましょう。

蚤をとる少年(1645-1650年)

 

メロンとブドウを食べる子どもたち(1645-1655年)

 

無原罪の御宿り(1678頃)

 

窓辺の女たち (1655-1660年頃)

 

彼は、「現実」と「社会」を描いた作品が多いといいます。

なんとなくわかるような気がしました。

 

まとめ

ということで、
バルトロメ・エステバン・ムリーリョってどんな人?有名な作品は?でした。

 

・スペインの画家!

・美術の世界に偉大な影響を与え残した!

 

最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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