5分でクラーク博士!「少年よ大志を抱け」の人は何をした?

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クラーク博士といえば、「少年よ大志を抱け」の名言が有名ですね。

そして、札幌農学校の初代教頭です。

今回、クラーク博士のかんたんな経歴「少年よ大志を抱け」には続きがあった?について、紹介していきますよ。

 

クラーク博士、プロフィール

名前:ウィリアム・スミス・クラーク(うぃりあむ・すみす・くらーく)
出身地:アメリカ合衆国マサチューセッツ州
生誕:1826年7月31日
死没:1886年3月9日
享年:59歳(心臓病)
時代:江戸時代から明治時代

 

かんたんな経歴、何した人?どんな人?

ラークは、1826年アメリカ合衆国マサチューセッツ州に医師である父・アサートン・クラークの家に生まれました。

医学ではなく、動物学や植物学そして化学に魅力を感じていたクラークは、ウィリストン神学校を卒業すると、アマースト大学に入学しました。

卒業後は、母校のウィリストン神学校で化学を教えていましたが、さらなる教養を求めて、ドイツのゲッティンゲン大学に留学しました。

ドイツでは、化学と植物学を学び化学の博士号を取得したのです。

 

1852年、クラークは、20代でその優秀な成績に惚れ込まれ母校のアマースト大学の教授になります。

大学では、専門の化学の他に植物学と動物学も教えました。

 

その一方で、1853年にドイツ留学のときから農業教育の必要性を感じていたクラークは、新しく科学と農学を教える学部を立ち上げ学部長となるも、上手くいかずに専門の農学校の必要性を感じます。

そこで、酪農を専門に学べるマサチューセッツ農科大学の第3代学長に就任しましたが、南北戦争へ参加するために一時的に教育者としての活動は中断されました。

 

その後、アマースト大学でクラークの授業を受けていた、日本人留学生の新島襄(にいじま じょう )の紹介で、日本政府からの熱心なオファーを受けて、1876年7月に札幌農学校の教頭として日本にやってきました。

新島襄は、日本の教育者であり、岩倉使節団の案内役も務めた同志社大学を創立した人物です。

 

幌農学校(現・北海道大学)には、マサチューセッツ農科大学の1年間のバカンスを利用してやってきました。

この時クラークは、自らの南北戦争で多くの教え子を亡くした経験と、同じように日本でも戊辰戦争で多くの若者が犠牲になった話を重ね、少しでも復興の手助けをしたいという思いから日本行きを決断したのでした。

札幌農学校の生徒は、戊辰戦争に敗れた旧幕府軍側の元武士が多くいました。

彼らは元武士というプライドから農民と同じ仕事をすることに抵抗を見せますが、クラークの情熱的な指導により酪農への魅力を感じていきました。

これが北海道が酪農そして農業の発展に繋がったことから「北海道開拓の父」とも呼ばれています。

 

8ヶ月の滞在を終えて、アメリカに帰国する際にお別れの挨拶としてクラークはあの有名な「少年よ大志を抱け」の言葉を残しました。

帰国後は、マサチューセッツ農科大学の学長を辞め、新しい大学を作ったり友人と鉱山ビジネスを始めたりしますが、失敗に終わります。

そして、心臓病により59歳でこの世を去りました。

アメリカに戻った後も、札幌農学校の生徒たちとの文通で情報交換をしており死の直前に「札幌で過ごした8ヶ月間こそ私の人生で最も輝かしい時だった」と語ったと伝えられています。

 

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「少年よ大志を抱け」には続きがあった?

「少年よ大志を抱け」はあまりにも有名ですね。

クラーク博士が残したこの言葉には、続きがあるのです。

当時、全てを聞き取れるような語学力がなかったために、クラーク博士の挨拶には諸説あるようですが、こんな感じなのだそう。

「Boys be ambitious!.
Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement
not for that evanescent thing which men call fame.
Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.」

「少年よ、大志を抱け。
けれどお金を望み、私欲を満たし、名声を求める大志であってはならない。
人間が本来持つべきもののために大志を抱け」

 

決して、お金や名誉を追い求める人生ではなく、常に学ぶ姿勢を忘れずに人の役に立ちましょう!という内容です。

なんとも教育者らしい発言なのではないでしょうか。

札幌農学校の生徒たちへの「さようなら」の挨拶がこんな形になるなんてとってもお洒落ですね。

 

まとめ

クラーク博士の日本滞在期間はわずか8ヶ月だけでしたが、私たち日本人にとってとても馴染み深い人物です。

“Boys,Be Ambitious”と銘打った羊ケ丘展望台のクラーク博士像の右手を挙げたポーズは、教壇に立ち、今にでも何か教えてくれそうな雰囲気を感じます。

 

ということで、
5分でクラーク博士!「少年よ大志を抱け」の人は何をした?でした。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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