5分で田沼意次について!悪者にされている真相は?

田沼意次(たぬまおきつぐ)といえば、「田沼政治」という政治をしていて歴史上の悪者扱いされることが多いですね。

今回、田沼意次のかんたんな経歴どんな政治をしていたのかなぜ悪者にされているのか、紹介していきますよ。

 

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田沼意次、プロフィール

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田沼 意次(たぬま おきつぐ)
出身地:江戸
生誕:1719年9月11日
死没:1788年7月27日
享年:70歳
時代:江戸時代中期 – 後期

 

何した人?どんな人?

田沼意次は江戸幕府で老中を務めた人です。

老中とは幕府の最高職で現代風に言えば、大臣に当たる人のことを指します。

ここでは、田沼意次のかんたんな経歴を紹介していきますよ。

 

かんたんな経歴

沼意次は1719年9月11日に江戸で旗本(殿様とよばれる武士の身分)の長男として生まれ、9代将軍の徳川家重に仕えました。

1791年に徳川家重が死去した後は10代将軍の徳川家治に仕えることになりました。

田沼意次は将軍からの信頼が非常に厚く、ものすごい勢いで出世をしていき、1772年に老中に就任しました。

 

老中就任後、「田沼政治」と呼ばれる政治を展開していきます。

改革は進んだのですが、浅間山の大噴火などの災害や天明の飢饉によって多くの人が田沼意次の政治に不満を抱くことになりました。

1784年には息子である意知(おきとも)が江戸城内で暗殺され、その後の1786年には最大の後ろ盾であった将軍・徳川家治が死去し、田沼意次は失脚してしまいました。

将軍の死から2年後の1788年に田沼意次はこの世を去りました。

 

政治、政策はどんな感じ?

沼意次の政治・政策はどんな感じだったのでしょうか。

老中就任後、独自の改革を行いました。

田沼政治の最大の目的は悪化する幕府の財政赤字を食い止めることでした。

大きく3つに分けて具体的な田沼意次の政治を紹介します。

 

(1)株仲間の結成

株仲間とは幕府から営業の独占権を与えられた商人の集まりのことです。

田沼意次はこの株仲間の結成を奨励し、その代わりに商人から税金を徴収しました。

それまで幕府収入の大半は農民から徴収する年貢でしたが、商人からも税金を取ることで幕府の収入を増やそうとしたのです。

 

(2)蝦夷地の開発

田沼意次は蝦夷地の開発も進めました。蝦夷地とは現在の北海道のことです。

蝦夷地では俵物(たわらもの)と呼ばれるあわびやふかひれ等の海産物が非常に良く取れました。

当時、中国との貿易ではこの俵物が高価で取引されており、俵物の生産を増やすことでより多くの利益を貿易から得ようと田沼意次は考えました。

そこで、開発があまり進んでいなかった蝦夷地の開発を推進しようとしたのです。

 

(3)印旛沼の干拓

印旛沼は千葉県北西部に位置し、度々水害に悩まされていました。

田沼意次はこの印旛沼の水害を防ぐことで米の収入を増やすことを目指しました。

農民から得られる年貢米を増やすことで幕府財政を潤わせようとしたのです。

 

上のように田沼意次は幕府の収入を安定させるために商人から税を取り、蝦夷地開発で貿易商品の増産を図り、また干拓により米の収入を増やそうとしたのです。

しかし、これらの政策は非常に画期的であったがゆえに幕臣から嫌われました。

田沼の政治がどのような点で画期的であったのか、これは田沼意次が悪者にされている最大の理由にもつながりますので、以下で説明していきます。

 

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悪者にされている理由は?

沼意次が悪者にされている理由は二つあります。

 

一つ目は田沼時代に賄賂政治が横行したことです。

株仲間として認められれば莫大な富を得られることから、株仲間の承認を取り仕切っている幕臣に対して賄賂を贈り、自らを株仲間として認めるよう働きかける商人が現れるようになりました。

現代でも政治とお金の問題は度々問題になりますが、当時も大きな問題として認識され、株仲間の結成を推進した田沼意次が賄賂政治のボスと見なされてしまったのです。

 

二つ目の理由は、田沼意次が画期的な政策を実現していったこと、具体的には商業を重視した政治をしたことです。

「士農工商(しのうこうしょう)」という言葉を聞いたことがあると思います。

これは身分が高い順番に並べられたもので、商人は最下位に位置付けられています。

当時の武士の感覚では、商人は卑しい身分であり、幕府の役人たちはその卑しい身分の者を取り立てている田沼意次が気に入らなかったのです。

 

は一つ目の理由である賄賂政治についても単なる言いがかりであるとする学説もあるくらいですので、田沼意次が商業を重視したことが、当時の武士としては許せなかっただけということが伝わってきます。

田沼意次は従来の常識を打ち破るほどの先見性を持った政治家であったがゆえに、周りから嫌われてしまい、結果として悪者として仕立て上げられてしまったのです。

 

まとめ

田沼意次を5分で!悪者にされている真相は?でした。

 

田沼意次についてかんたんに語るポイントは、

・二人の将軍から信頼されて出世を果たしたこと
・老中に就任して田沼政治と呼ばれる改革を行ったこと
・商業を重視して幕府財政の再建を図ったこと
・商業を重視するあまり周りの武士達から嫌われてしまったこと

 

最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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