織田信長ってどんな人物?5分で知る偉人!

織田信長といえば、誰でも知っている名前ですが改めてどんな事をした人物なのでしょうか。

調べても何だか難しい言葉ばかり並べられて全然良くわからないんですよね。

今回は織田信長についてどんな人物なのか。カンタンにわかり易く紹介してみたいと思います。

 

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織田信長、プロフィール

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名前:織田信長(おだのぶなが)信秀の子として生まれる
ニックネーム:うつけ者、第六天魔王など
生誕:天文3年5月12日(1534年6月23日)
死没:天正10年6月2日(1582年6月21日)
出身地:愛知県
趣味:相撲観戦、茶道具集め
特技:水泳、乗馬、鷹狩
辞世の句:「是非に及ばず」
時代:室町時代後期(戦国時代) – 安土桃山時代

 

田信長といえば、どんなに勉強嫌い!で歴史なんて興味ない!って人でも名前くらい聞いたことはあるでしょう。

彼は、当時の争いが絶えない混乱した日本を、自分がトップになることで平和にしようと考えた戦国時代の武将です。

あと一歩で天下統一といったところで「本能寺の変」で、壮絶に死にます。

 

わかりやすいのだとこんな感じですよね。(・∀・)

 

こちらの記事でわかり易く紹介しています。

>>>本能寺の変を5分でカンタンに!織田信長と明智光秀の関係は?

 

織田信長の偉業

つまり織田信長は超凄い人なのですが、どんな事をした人なのでしょうか。

その偉業を紹介していきますよ。

 

テストに出るような代表的なモノを並べてみると、

 

  1. 楽市楽座の政策
  2. 関所の廃止
  3. 鉄砲を使った
  4. 簿記の採用

 

などがあります。

 

1,楽市楽座の政策

楽市楽座で、安土城下の経済が発展しました。

当時は「座」という商人たちの組合のようなものがありました。この「座」のせいで、新しく商売を始めたい人たちがなかなか参入できなかったのです。

そこで信長は、この「座」を廃止。

「座」の廃止で、市場を支配するめんどくさい人たちがいない。新しく商売を始めやすくなったので新規参入者も増えます。

さらに市場税といった税金も廃止。

商売する人たち、町の人たちは税金が少ない方が嬉しいわけですから、みんなでテンションがあがります。そして城下町も賑やかになります。どんどん町が潤います。

 

また信長は、「商人たちは安土城下の道路を使うこと」、「商人が泊まる場合には安土の地に宿泊すること」を義務にします。

そうすることで、安土の町でお金を使ってもらい、もっともっと町が潤うわけです。

これが成功し、安土城下の町を活性化させて、人々を集めました。

 

 

2,関所の廃止

関所の廃止で、通行や運搬をスムーズにすることによって経済が発展し、国が豊かになりました。

関所とは、道の要所要所にあった施設です。道を通る人から徴税をしたり検問をするためにありました。

いちいち徴税があったら気軽に移動したくないですからね。そのせいで物流を妨げ、運搬費がかさんで、物価が上がる。一般の庶民は困っていました。

当時の多くの関所は、それぞれ各地の領地が勝手に設置したものがほとんどだったそう。

通行税という名目でお金をとって、私腹を肥やしていただけなんですね。

この関所を、信長は廃止します。

さらに、歩きにくい道などは舗装して綺麗にしたり、川には橋をかけるなど、通行や運搬をスムーズにしたのです。

 

 

3,鉄砲をつかいだした

当時の最新兵器だった鉄砲を好んで戦に使用していました。

有名な「長篠の戦い」では、当時では異例の「鉄砲3000丁」も用意して武田軍に圧勝。

三段撃ちという戦法を実行したことは有名です。

 

 

4,簿記の採用

簿記を使用したことで、織田家のとても広い領土で、どこにどれだけ物資を輸送すればよいか把握することができました。

いまでいう単式簿記ですが、これによって正確な物流が掴め、数々の戦で功績をあげることができました。

 

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面白い、凄いエピソード?

織田信長という人物にはやはり、数々の伝説があります。

その中でも有名なものをできるだけ紹介していきますよ。

 

 

小さい頃から破天荒だった!

小さい時から破天荒で、クセの強い男の子であったと言われています。

乳児の時は、乳母の乳首を噛み切っていたようで、乳母が何人も交代したそうです。

 

 

声がめちゃくちゃ甲高かった

超意外(?)ですが、信長は声がとても甲高かったと言われています。

500m離れたところからでも、話し声が聞こえたという伝説があるほどですが、どうにもイメージ湧きにくいです。

 

声が甲高かったエピソードはこちらの記事でも紹介しています。

>>>織田信長の本当の性格、声が甲高かったってホント?

 

庶民と仲良し

身分の違いに関係なく、誰とでも仲が良かったそうです。

庶民と一緒に踊っては、その汗を拭いてあげたり、工事をするときには、信長本人が現場監督として現場に姿を表していたそう。

庶民からは愛されていたのではないでしょうか。

 

 

男とも愛しあう?

これは愛しあうというか「衆道」ってやつですね。

美男子を側においておくのがステータスな当時ですが、つまりゲイ的な行為も当時はごく普通にしていたようです。

織田信長もこれを嗜んでいたようで、有名なのが森蘭丸との関係なのではないでしょうか。

 

 

日本人で、初めてカステラを食べた人

信長は日本人で初めてカステラを食べた人なんだそう。

実は信長は酒を飲まず、周りにも酒をススメることは無かったといいます。甘党なんですかね。

ちなみにカステラの名前の由来は、当時スペインの「カスティーリャ王国」で作られたからなんだって。

 

 

にも、

  • 相撲好きで有名
  • 馬に乗るときに、片足を馬の背に乗せる癖があった
  • 娘が大好きでデレデレ。親ばか。
  • ほぼ全ての他人を「貴様」と呼んだ
  • 地球が丸いことを理解できた。

 

 

などなど、マニアにはたまらないどうでも良いようなエピソードも残されているようです。

 

 

また、当時の着物を、着崩してきてみたりとオシャレな人だったんだそう。

話は反れますが、坂本龍馬と織田信長ってちょっと似ているんですよね。

信長は最新平気の鉄砲を使ってみたりと、新しいものを取り入れて常に時代を前進させてきました。さらには、着物を着崩すオシャレさん。

龍馬の新しいもの好きは有名ですね。ブーツを履いて香水を愛用していた事でも有名ですから、オシャレさんで新しいものに興味津津なのでしょう。

そして龍馬も、時代を前進させた大きな男です。凄い男はやっぱりカッコつける事にも妥協しないのですね!

 

こちらの記事で龍馬について紹介しています。

>>>坂本龍馬ってどんな人物?5分で知る偉人!

 

まとめ

戦国時代の英雄でありカリスマである織田信長。

現代の世間のイメージでは、とてもクールで使えないモノはバンバン切り捨てていく恐い人というイメージを持たれがちですが、ただ冷徹なだけではなかったのですね。

庶民と一緒に踊ったりと、凄い人である理由がなんとなく分かった気がしました。

 

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