後鳥羽上皇を5分で!天皇なのに島流し?恨みで怨霊になった?

後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)といえば、三種の神器を持たずに即位し、源氏から政権を取り戻すことを夢見て、承久の乱を起こした天皇です。

そして最後は島流しという騒然たる人生を送りました。

今回、後鳥羽上皇のかんたんな経歴天皇なのに島流し?について恨みで怨霊になった?について紹介していますよ。

 

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後鳥羽上皇、プロフィール

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名前: 後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)
諱:尊成(たかひら)
出身地:京(現・京都)
生誕:1180年8月6日
死没:1239年3月28日
享年:60歳(死因不明)
時代:平安時代末期から鎌倉時代初期

 

かんたんな経歴、何した人、どんな人?

1180年に高倉天皇の第4皇子として生まれました。

この年は、源平合戦とも呼ばれる治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)の乱が起こった年です。

後鳥羽上皇は平家滅亡という動乱の中、4歳で天皇に即位します。

 

しかしながらこの天皇即位は、即位必須アイテムの三種の神器が揃ってないという、異例の事態だったのです。

と、いうのも先代の天皇は、異母兄の安徳天皇(あんとくてんのう)で、あの平清盛の孫でした。

平家滅亡の際に三種の神器のアイテムと一緒に壇の浦に沈んだとされているからです。

(諸説ありますが、その後捜索され現在まで三種の神器は揃っているようです。)

 

の頃の世は、源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉に幕府を開き、政治の中心は源氏にありました。

が、京都を中心とした西側一帯は貴族たちの荘園もあり、鎌倉政権と朝廷との複雑な力関係が交錯していた時代でした。

そんな時代だからこそ、後鳥羽上皇は源氏から政権を奪い返そうとずっと計画していたのです。

その計画に闘志を燃やしながらも、乗馬や弓を始め武芸を磨き、特に和歌の才能はピカイチでした。

百人一首を作った藤原定家(ふじわらのさだいえ)と、和歌を巡って真っ向から対立したエピソードが残っているくらいに情熱を注ぎ込みます。

 

そして承久の乱を起こす前の33歳の時に詠んだ歌が、

「人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は」

です。

99番目の歌人として百人一首に選ばれており、その意味は、「人を愛しくも恨めしくも思う。世の中も自分の思い通りにならなくて悩んでしまうよ。」と、いった感じです。

武家との力関係が複雑な激動時代だからこそ詠んだ歌なのかも知れません。

 

んな中、大チャンスが訪れます。

1219年に鎌倉3代将軍の源実朝(みなもとのさねとも)が暗殺された事を機に、鎌倉幕府から政権を取り戻そうと1221年に「承久の乱」を起こしました。

しかし、この戦いは話にもならないほどに大敗。島流しにされてしまったのでした。

 

島流しになった?流された島はどこ?

倉幕府の圧勝で終わった「承久の乱」ですが、鳥羽上皇はなんと天皇なのに島流しになったのでした。

ついでに、大規模な広さを誇っていた荘園(私有地)も没収されています。

 

流された先は、島根半島の北方50キロ先に位置する、流罪の定番の地である、隠岐(おき)の島(現・島根県隠岐郡)でした。

後鳥羽上皇の時代は、死刑が廃止されていたことから、島流しは事実上の無期懲役刑であり、天皇でありながら島流しとは、なんとも気の毒過ぎて言葉が見つかりません。

 

しかしながら、

「我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け」

と詠んでいます。

これを現代語に訳すると「私が新しくやって来た島のリーダーだ。隠岐の海の荒い波と風たちよ、今日からは優しく吹きなさい!」と、現状を悔やみながらも強がる一面がみてとれます。

後鳥羽上皇は亡くなるまでの約20年間を隠岐の島の源福寺で過ごすのでした。

 

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恨みで怨霊になったって?

鳥羽上皇が島流しになった時には、恨みで怨霊となるのでは?と、噂は広がっていました。

と、いうのも遡ること1156年に起こった保元の乱で、島流しになった75代天皇の崇徳院(すとくいん)が怨霊となり、世に様々な災いをもたらし治安を乱していると人々に恐れられていたエピソードがあるからです。

 

そして後鳥羽上皇自身も生前に、「世を去った後に、心に迷いが生じたら怨霊となって災難を呼び起こすかもね!」とほのめかしているからです。

後鳥羽上皇が世を去った後に亡くなった北条時房(ほうじょうときふさ)や四条天皇(しじょうてんのう)はこの怨霊による災いだと言われています。

 

まとめ

ということで、
後鳥羽上皇を5分で!天皇なのに島流し?恨みで怨霊になった?でした。

後鳥羽上皇をかんたんに語るポイントは、

・源氏から政権を取り戻そうと承久の乱を起こして惨敗した

・三種の神器を持たずに即位した

・天皇なのに隠岐の島に島流しになった

・怨霊になるかもとほのめかし、怨霊になった

・武芸から和歌まで多彩な才能を持っていた

 

最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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